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 そしてこの日の夕方、「国王が急遽保養を打ち切りベルリンへ帰還する」との知らせが街中に流れると、人々は国王見たさに大挙して駅前へ殺到し、また、ブランデンブルク門から王宮までのウンター・デン・リンデン大通りもヴィルヘルム1世を見ようとする人々で黒山の人だかりとなり、通りの窓という窓からは黒・白・赤の「北ドイツ連邦旗」や黒と白のプロシア国旗が下がって翻り、家々には煌々と全てのランプが灯されて、まるで祭りの晩のような騒ぎとなりました

 そしてこの狂騒劇の最中、お召し列車を華美過ぎるとして持たない国王はいつものように特等列車から降り立ち、民衆の喝采を浴びたのです

それはまるで英雄の帰還であり、66年の普墺戦争後に国王がベルリンへ帰還した時よりも数倍喝采の声は大きく、1813年の3月に支配者ナポレオンに対して立ち上がった「解放戦争」開戦時に巻き起こった熱狂に匹敵するものでした

 この手の庶民や一介の兵士が捧げる純粋無垢な忠誠心に、いつでも心を動かされてしまうヴィルヘルム1世は、エムス電報の件でビスマルクを問い正そうなどとの考えを一気に忘れ去って感激してしまうのです

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 この熱狂にせかされるかのようにその日夜半、御前会議で対仏戦の方向が定まり、「北ドイツ連邦軍」の動員開始が決まります

しかし、これで直ちに「宣戦布告」とは行きません

そこに至るまではまだ「北ドイツ連邦」の賛意が必要で、また周辺国家がフランスに味方しないかどうかの見極めも大切です

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政府は大衆のように単純に「このヤロー」と殴りかかるわけには行かないのです

 14日には既にプロシア政府公報が、「ドイツの民族統一を阻止しようとフランスが動き出した」こと、「ボナパルトの脅威が再びドイツを覆い尽くそうとしている」ことなどを大々的に宣伝し始めました

 プロシアの中流クラスの国民なら歌や初等部学校で「憎きボナパルト」のことは徹底的に教え込まれています

それは祖父や祖母、親戚のおじさんと言った人々の苦労話と共にフランスへの猜疑心や恐怖心として植え付けられていて、この下地があったからこそ急速な対フランスへの国民的敵愾心が持ち上がったのです

 煽ることではマスコミも負けてはいません

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 パリでは新聞各社が一斉にベネデッティ大使に加えられた屈辱(勤務中の「下士官」即ち衛兵か何かを使いに走らせたヴィルヘルム、という物語)を数倍までに誇張して伝え、マッチポンプの役割を忠実に果たしていました

 ベルリンでは国王へのベネデッティの無礼千万な態度や挑発をことさら強調し、こちらも新聞嫌いのビスマルク宰相が紙面を惚れ惚れと眺めるほどの効果を及ぼしていました

 双方の国民は最初、怒りのやり場に困ったのか矛先をそれぞれの大使に向けました

フランス国民はベネデッティに対し、そんな侮辱を受けても黙ってにこやかに対応したのか!と避難が集中し、プロシア国民は、ベネデッティと同じ立場でパリに駐在するプロシア大使ヴェルテル男爵が過去に示していたナポレオン3世への穏やかな接し方や、この危機を直ちに糾弾しなかった弱腰などが攻撃されていました

 15日昼にはパリ発の「フランス帝国は本日、プロシア王国に対して宣戦を布告した」との衝撃的なニュースが人々の間を駆け抜け、号外とビラが紙吹雪のように街々を舞いました(実際は「戦争を決し動員令が発令された」が正しい表現です

正式な宣戦布告は19日となります)

 ベルリン市民は一瞬静まり返って国と己の悲運を嘆きます